近年、がん治療の現場では、患者と医療者が情報と価値観を共有しながら治療方針を決定するSDMの重要性が、学会や医療現場を中心に広く認識されるようになっています。SDMとは、患者と医療者が医学的な情報に加え、患者自身の価値観や生活背景を共有しながら、治療方針を共に考え、決定していくプロセスを指します。
一方で、患者が診療の場で自身の価値観や生活上の優先事項を言語化し、医療者と十分に共有することは容易ではなく、SDMが理念にとどまり、現場で十分に機能していないという課題も指摘されています。特に、治療効果や副作用といった医学的情報に加え、生活の質、家族や仕事との両立といった要素を踏まえた意思決定を行うためには、患者自身の価値観を引き出し、共有するための仕組みが不可欠です。
こうした課題を踏まえ、本プロジェクトでは、患者が「何を大切にして治療を選びたいのか」を整理・可視化し、医療者との対話につなげるためのツールとして「SDMアシストカード」を開発します。本カードは、株式会社Color Variationが開発・提供する「カラバリューカード」を基盤とし、同社がこれまでキャリア支援やチームビルディングの分野で培ってきた、価値観を言語化・共有する手法をSDMの文脈に応用したものです。治療法を決定するためのツールではなく、患者と医療者の対話を深めるための補助的な支援ツールとして位置づけています。
本プロジェクトは、医療者や研究者、患者の視点を取り入れながら進められており、制作チームには、がん情報サイト「オンコロ」の運営メンバーに加え、患者会関係者、価値観カードの開発者などが参画しています。具体的には、肺がん患者の会 ワンステップの理事長であり、患者の立場から本プロジェクトに参画している長谷川一男氏を責任者とし、オンコロ編集・運営チームおよび株式会社Color Variationの実務メンバーが連携しながら、現場での実装を見据えた検証と改善を行っています。
本プロジェクトの意義について、責任者である長谷川一男氏は次のように述べます。「SDM(共同意思決定)は、EBM(根拠に基づく医療)に本来含まれている科学的エビデンスや、患者一人ひとりの価値観を、診療の場で統合し、実践していくためのプロセスです。本プロジェクトは、その中でも患者の価値観に焦点を当て、それを可視化し対話につなげることで、SDMを理念にとどめず、現場で実際に機能させていく点に意義があると考えています。」
また、本プロジェクトに助言・監修を行っている中山健夫氏(京都大学大学院 医学研究科 教授)は、「共同意思決定(SDM)を実践していくうえでは、患者さんが自分自身の価値観や大切にしたいことを言葉にし、医療者と共有できることが重要です。本プロジェクトは、その対話の出発点を支援する取り組みであり、診療の現場におけるSDMの実践を後押しするものになると考えています」と述べています。
本プロジェクトでは、医療者、研究者、患者会などへのヒアリングや小規模検証を段階的に実施し、治療選択における理解度や納得感、医師とのコミュニケーションの質などの変化を検証しながら、SDMアシストカードの実装と普及を目指します。